五所川原→秋田 鶴田町に立ち寄り、列車に乗り遅れる
ゴショに戻ってはみたものの、次の五能線列車までは約1時間の待ち合わせ。
小さな温泉が何か所かあることはわかっていても、場所がよくわからない。歩きづらい雪道をウロウロしていては、入浴する時間も心もとない。
そこで、隣町の鶴田町にある、鶴の舞橋へ行ってみることにする。同町の観光名所でもあり、以前から一度は訪れてみたかったスポットなので。バスは使い物にならないが、タクシーで20分ほどなら出費もやむを得ない。帰りは、陸奥鶴田駅から列車に乗ればいい。
この時期に東京から来た観光客が珍しいのか、話好きなタクシーの運ちゃんから様々な情報を耳にする。
この時期にこれほど雪が少ないのは、数十年ぶりのことだとか。
今年5月には、五所川原市内に巨大ねぷたの展示館が完成するという話も興味深い。総工費はなんと、42億円(^^;; 五所川原には観光客が足を向ける場所がなく、単なる乗り換え駅、通過点になっていましたからね。そうした人の流れが、変わるのかどうか。「すごいものができるから、ぜひ見に来て欲しい」と念を押されてしまいました。来ますよ、きっと。
津軽富士見湖に架かる鶴の舞橋には、30分足らずで到着(約3,000円)。
でも、下ろされたのはただの道路上。目の前には雪原と遊歩道らしき雪道が伸びていて、どうやらその先が橋らしい。
周囲には何もないので帰りの足も頼むと、五所川原と鶴田では管轄が違うのでダメだと言う。「あっちの建物に(鶴田の)タクシー営業所の電話番号が書いてあるはずだから」だそうで、まぁいっか。
橋への途中には鶴公園と名付けられた公園が広がり、その一角の丹頂鶴自然公園には数匹の鶴が飼育されている。近づいてみると1羽が寄ってきて、柵越しにこちらを見ながらゆったりと歩き回る。ホントにのんびり、ゆったりと歩くんですねぇ、鶴って。

お目当ての鶴の舞橋は、想像以上に立派なもの。全長300メートル(幅3メートル)の、日本最長の木造橋なだけのことはある。全て青森ヒバを利用して作られ、その形は羽を広げた鶴のイメージなのだそう。木造橋では全長が日本2位の錦帯橋(全長193.3メートル/山口県岩国市)にも似たアーチ型で、橋の途中には大小の屋根付き休憩所とステージも設けられている。供用開始が1994年7月8日なので、ちょうど十周年ですね。
広大な津軽富士見湖と、津軽富士=岩木山を望む周囲の雄大な景観に浮かび上がる木造アーチ橋。このコントラストは絶妙で、なるほどいい雰囲気でした。人っ子一人いない静まりかえった空間と、シンシンと冷えこむ空気感が、いっそう雰囲気を盛り上げてくれるのでした。

【↑ (左)鶴公園側 (右)富士見湖パーク側】

鶴田町は“鶴の里”としてまちおこしを推し進めているそうで、町のあちこちで鶴のモチーフを見ることができます。
江戸時代から、町内に多くの鶴が生息していたことが由縁なのだとか。

【↑ (左)岩木川に架かる鶴寿橋から見える、川原に作られた鶴のモニュメント】
【↑ (中)街中の歩道には、鶴の舞橋のモニュメントが埋め込まれている】
【↑ (右)ポストの上にも鶴が…】
左上の写真を撮影した鶴寿橋と周辺道路は、町内の他の場所と比べて不自然なほど、明らかな違和感を覚える近代的な作り。タクシーの運ちゃん案内によると、この橋と道路は空港整備計画の一環として建設されたものだとか。
なるほど。青森空港は当初、鶴田町の郊外に建設される予定だったのですね。
が、実際には橋と道路が作られただけで、空港は別の場所に。土建屋政治のきな臭い、ありがちな話ではあります(苦笑)。
さて、話は鶴の舞橋に戻って。
ここからが、大変だった…。
橋を渡りきった反対側の富士見湖パークキャンプ場は、一面の雪原。冬季に訪れる人など皆無なのか、雪に足がズボズボとハマり、思うように歩けない。それでも、人間ラッセル状態でタクシーの運ちゃんが言っていた「あっちの建物」を目指そうとするのだが…。
その建物とは、雪原の向こうに見える鶴の里ふるさと館(冬季休館中)と、温泉施設:つがる富士見荘のことらしい。いずれも橋の両端とは離れた場所にあり、橋のどちら側からも、車道を延々と歩かなければならない。パッと見は近そうなのだけれど、歩き始めると遠い遠い。周囲は真っ白な雪に覆われた丘陵地帯。他には建物も皆無なので、距離感がまったくつかめない。
ずんずんずんずんと歩き続けること15分余り。
ようやくたどり着いた「あっちの建物」、鶴の里ふるさと館は冬季閉鎖中。周囲に電話ボックスなどは一切なし。
再び、ずんずん…とぼとぼ…。
もうひとつの「あっちの建物」、つがる富士見荘の前まで来てみれば、“改修工事中につき休館”の看板が立ち塞がる。
ずがーん。

結局、携帯から番号案内で鶴田のタクシー会社を調べ、呼ぶことに。
最初からそうすればいい? いえいえ。ここまで来なければ、自分のいる場所を説明できないのです。子供じゃあるまいし、「鶴の舞橋の近くの雪原にいまーす」ではタクシーも来てくれない(苦笑)。
この時点で既に16時近く。タクシーがやってきたのは、それから20分後。
恐る恐る予定していた列車に間に合うかを尋ねると…。
「無理だね」(T_T)
陸奥鶴田駅まで、1,620円。
駅に着いたのは16時半近く。さて、どうしよう。
本来なら、この後の予定は以下の通りだった。
弘前行831Dは、とうの昔に行ってしまった。
次の五能線・弘前方面は18:34発の2833Dまでなく、それだと弘前着が19:14。秋田まで行く普通列車の最終、18:55発には間に合うべくもない。ならば、バスはどうだろう。列車と平行して、五所川原から弘前に向かう
弘南バスの路線があったはず…。
駅周辺のバス停に行ってみると、次の弘前行は2時間後(T_T)
夕方の時間帯なのに、列車もバスも、2時間も便がないというダイヤは何なのだろう。。。
仮にタクシーで弘前まで行き、18:55発の列車に乗れたとしても、秋田着は21:54。接続する羽越本線の最終列車、22:15発2560Mは羽後本荘止まり。弘前から18:46発の特急『あけぼの』に乗っても、寝台の座席利用は羽後本荘まで。その先、酒田方面へ向かう列車は寝台特急しかない。弘前20:22発の特急『日本海4号』は、寝台の座席利用が秋田まで。
弘前までのタクシー代+乗車券+特急券に寝台料金まで払うという暴挙にでも出ない限り、この日のうちに酒田にはたどり着けないのだ。
仕方なくホテルに連絡し、予約をキャンセル。事情を説明するとキャンセル料は不要とのことで、有り難い。
で、どうするか。
翌日、米坂線経由で東京まで戻る行程を考えると、せめて秋田までは行っておきたい。
ここで、「もしや!?」と思いつつ時刻表をめくってみると…。
1時間後の五能線:深浦行に乗れば、深浦で50分待ちにはなるものの、東能代で特急『日本海4号』に乗り継げるじゃん! これなら青春18きっぷをフル活用した上、最低限の出費(東能代−秋田間の運賃+特急指定料金2,360円)で秋田まで行くことができる。
それにしても、鶴田から弘前経由で間に合わない『日本海4号』に、深浦を回って乗り継げるとは!? 鶴田から東能代までの距離は、弘前経由も深浦経由もほとんど変わらないとはいえ…。五能線の過疎ダイヤと、『日本海4号』が特急とは名ばかりの遅さであることが、信じられない乗り継ぎを生むわけですね(^^;;
方針は決まったぞ。
それまでの1時間、陸奥鶴田駅で有意義に過ごそう。駅舎はコミュニティプラザが併設されたログハウス風な作りで、広々と明るく、開放的な雰囲気がいい感じ。1999年2月に改装されたもので、屋根の形は羽ばたく鶴をイメージしているそう。駅前にも鶴のオブジェが飾られ、鶴の里としてのイメージを表現している。
って、そんな観察も15分で終わってしまい、することがないよー。外はもう真っ暗だし。
後になって思えば、
鶴田温泉や
鶴寿温泉などの温泉が駅周辺にあり、そこに立ち寄っても良かったなと。時間はたっぷりあったのだから。
やはり、冷静じゃなかったんですねぇ。。。

【↑ 陸奥鶴田駅】

【↑ (左)駅併設のコミュニティプラザ (右)駅前通り】

【↑ 鶴田町の繁華街?】
待ち焦がれた深浦行は、弘前で遊んできた帰りなのか、私服姿の中高生でいっぱい。まだ17時過ぎなのに、みんな早く帰宅するんだなぁ。
五所川原でごそっと乗客が入れ替わり、木造で多くの乗客が乗り込み、車内はずっとにぎやかなまま。が、それも鰺ヶ沢まで。
4両編成のうち後ろ2両が閉鎖扱いとなった鰺ヶ沢からは、乗客もまばら。各駅ごとに1人、2人と降りた人たちは、皆、出迎えのクルマに乗り込んでいく。クルマが走り去ると、無人の駅はシーンと静まりかえり…。そんな光景が繰り返されながら、列車は終点・深浦に向け走り続ける。
深浦まで乗り通した乗客は、5〜6人ほど。
同じ列車がそのまま東能代行になるとはいえ、発車までは50分もある。いったん下車してみようか。
およそ7年ぶりになる深浦は、夜なのでよくわからないものの、駅も周辺も当時と変わっていない様子。ただ、観光案内図が立派になり、無料コインロッカーが設置されるなど、観光客誘致に熱心なことは感じられました。そう、かつて訪れた際は、コインロッカーがなくて困ったんだっけ…。確か、駅で荷物を預かってもらったはず。余所者向けの“観光”ムードなど、微塵も感じられない駅でしたからね。
こうした変化は、やはり『リゾートしらかみ』が成功しているからなのでしょう。閉まっていた駅内の観光案内所も、営業は同列車の運転日のみでしたから。
『リゾートしらかみ』の成功は喜ばしいことですが、この列車、以前は『ノスタルジックビュートレイン』として運転されていたもの。当時は定期列車のスジを利用していたため、『ノスタルジックビュートレイン』として運行される日は特別車両に普通車両を併結し、一般の(地元の)乗客も指定席料金なしに利用できる列車でした。
ところが、『リゾートしらかみ』となった今は全席指定。観光地駅以外は通過し、岩館や陸奥岩崎にすら停まらない特別列車になってしまった。しかも、基本ダイヤは普通列車だったスジ。つまり、『リゾートしらかみ』を運行する分、日中の普通列車が削減されたことになる。
風光明媚な観光路線として話題を集める五能線ですが、実際に観光客が利用しようとすれば、超過疎ダイヤから嫌でも『リゾートしらかみ』に乗らざるを得ない。乗れば乗ったで、ヘタに降りることもできない(苦笑)。これでいいのだろうか。
自分が8年前に五能線を乗り歩きした際は『リゾートしらかみ』など存在せず、日中の列車も今より多かったですからね。それでも、駅間距離の短い区間を歩きながら上下列車を組み合わせる、苦心のプランニングでした。現在の「余所者は乗るな」と言っているかのようなダイヤでは、そうした旅も無理でしょう…。

【↑ ノスタルジックビュートレイン。1992年2月、五所川原駅にて】
小さな町の深浦は、19時ともなれば既に深夜のような雰囲気。この時間、一見さんの入れるような食事処が駅近くにないことはわかっているので、食事は半ば諦め気味。。。と、駅前のスーパーが開いているじゃないですか。コンビニ弁当を買えたのはラッキー。
みどりの窓口で『日本海4号』の座席指定もゲットし、焦っていた気分もようやく落ち着きました。
そう言えば8年前、五能線乗り歩きをしながら歴史民俗資料館・北前の館を訪れた帰り、ここの窓口で『C62ニセコ号』最終運転(1995年11月)の指定券を発券した覚えが…。
マルスに登録されていない不定期列車のため発券することができず、諦めて列車に乗ろうとしたときのこと。あちこちに電話をかけていた駅員氏が追いかけてきて、「お客さーん、取れましたよ〜」と指定券を手渡してくれたんだっけ。
今回も寝台の座席利用という滅多にない発券だったためか、どこかに電話で確認していましたが(^^;;
深浦駅の駅員の方は、皆さん親切で、いい人です。

【↑ 『C62ニセコ号』指定席券。平成7年(1995年)10月3日、深浦駅発行】
深浦といえば、もうひとつ話題がありますね。
例の
たばこ自販機撤去条例を、初めて(国内で唯一)制定したのがここ深浦町なのです。
でも、駅前にはちゃんと自販機がありました。決してダミーの自販機などではなく、ちゃんとタバコも買えました(苦笑)。観光客や来訪者のことを考えれば、全面撤去は難しいのでは? いったん乗れば降りられない過疎ダイヤの五能線では、必ず乗り継ぎ待ちとなる深浦でしか、タバコを買えないんだもの…。
*東奥日報、2001.03.13付け記事より
深浦町議会「たばこ条例」可決
深浦町議会は十二日、未成年者の喫煙防止などを目的に、屋外のたばこ自動販売機撤去を定めた条例案を賛成多数で可決した。条例制定は全国初で、四月一日施行、百八十日の猶予期間を設けている。可決後、平沢敬義町長は「これからが本当の第一歩。今後、日本たばこ産業などに対して条例の協力を要請していく」とコメント。一方、町たばこ販売協議会の宮本安光会長は「残念の一言。条例に従う店もあると思うが、私は最後まで頑張る」と話した。
同条例案の採決は、賛成、反対討論に引き続いて行われ、賛成十三人、反対三人の賛成多数で可決された。九日に行った予算特別委員会の採決と同じく、与党議員二人と野党議員一人が反対に回った。
可決された条例名は「自動販売機の適正な設置及び管理に関する条例」。青少年の健全な育成を図ることを目的に、「(第三条)たばこ等の自動売機を屋外に設置してはならない」と定めている。四月一日施行で、罰則規定はないが、百八十日間の猶予期間を過ぎても撤去しない場合は、勧告した上で店舗名を公表するとしている。
平沢町長は昨年九月、「健康長寿の町」宣言に伴い、条例制定の意向を表明。これに対して町内のたばこ店は「死活問題だ」として強く反発。条例撤回を求めて、これまで署名活動やデモ行進などの反対運動を展開していた。町は販売協議会と数回にわたり話し合いを持ち、条例制定への理解を求めたが、議論は平行線をたどり、歩み寄りのないまま条例案が提案されていた。
平沢町長は「可決し、ほっとしているが、これからが責任重大だと思っている。一カ月ほどの冷却期間を置いて、話し合いを続けて、より良い条例にしていきたい」と述べ、自販機のリース会社や日本たばこ産業に対して条例への理解と協力を要請していく考えを明らかにした。
連日、議会を傍聴していた宮本会長は「もしかしたらという期待はあったが…。少し頭を休めてから、これからの対策を考えていきたい。条例に従う店も出ると思うが、私は最後の最後まで(条例反対で)頑張る」とした。
*同・2002.10.01付け記事より
深浦たばこ条例1年 協力店増えず
深浦町が全国に先駆けて制定した「屋外たばこ等自動販売機撤去条例」の実質的な施行から、九月三十日で一年が経過した。スタート時、撤去に応じたたばこ店は二十五店中六店だったが、現在も状況は変わっていない。平沢敬義町長は青少年の喫煙防止を前面に出し、あくまで屋外自販機ゼロを目指す構えだが、販売店側は「撤去は生活権を奪うもの」と一歩も譲らない。町内の三小学校が全面禁煙の措置を取ったり、県内外から視察団が訪れたりと波及効果は出ているが、後に続く自治体もなく「意識条例」の枠を超えられない厳しい現実問題が突き付けられている。
九月十七日、町役場で平沢町長ら役場幹部と町たばこ販売協議会の宮本安光会長らが、ほぼ一年ぶりに協議の場を持った。話し合いは一時間以上も続いたが平行線のまま。宮本会長は「自販機を屋内に移した店ばかりでなく、屋外に置いている店も売り上げが減った」と訴えた。町側はデータの提示を求め、十月以降も話し合いを継続することだけを確認した。
同条例は二〇〇一年三月の定例議会で可決。四月一日に施行され、百八十日間の猶予期間を設けて十月一日から実質的にスタートした。
宮本会長は「条例だけでなく景気低迷も一因だろうが、いずれにしろ撤廃は死活問題。我慢強く立ち向かっていく」と協議会の方針を説明。ある関係者は「条例の影響で、近所の自販機で買うことに罪悪感が芽生え、個人商店以外のコンビニやスーパーで買う人が増えた」と分析する。
これに対し平沢町長は「話し合いが続くことになり、条例違反店名の公表は現時点ではやらない。店に入る販売手数料が上がれば、対面販売になってもやっていけるのでは。一緒にできることを考えたい」と話しているが、現時点で互いに歩み寄れる具体的な手掛かりは見つかっていない。
条例施行後、県内外からの視察ラッシュが始まった。多くの自治体が町役場を訪れ、一般の視察・問い合わせも含めれば、その数は限りなく、担当課は対応に大忙しだ。四日市ぜん息で有名な三重県四日市、卒業論文にしたいと東京の大学生、岩手県の高校生も来た。
しかし、条例そのものを追随する自治体はまだない。それだけ現実問題として、販売店側の理解を得るのが難しいということの現れだ。
そんな中、教育現場では大きな前進があった。九月に町教委が調査したところ、町内の七小中学校のうち三つの小学校が校内禁煙に踏み切り、残り四校も「子どもの前では吸わない」という方針で分煙を徹底。また、PTAをはじめ来校者にも協力を呼び掛けている。高橋孝男教育長は「最大限の努力をしている先生たちの姿勢に感謝している」と話す。
青少年の健全育成という理念に反対する人はいない。しかし、販売店にとってたばこ自販機は生活の糧となっている。屋外設置ゼロに近づくには、この点の解決策が見いだせるかが鍵を握っている。

【↑ 深浦駅にて】
予定外の五能線一周は、真っ暗な車窓で寂しい限り。
艫作の先では、やはり8年前に宿泊した
みちのく温泉の“列車がすぐそばを通る”露天風呂が、チラッと見える。
逆に露天風呂の側からも、列車は“ちらっ”としか見えないのですが。
入浴中の人と乗客とが目を合わせられる露天風呂♪ 何かの本でそんな記事を読み、宿泊してみたんですよね。おかしいなと思い、宿の女将さんに尋ねてみると…。前年の水害で露天風呂を作り直した際、以前より線路から離れた位置になったとのこと。当時は“列車がすぐそばを通る”露天風呂を目当てに来る客(と言うより、他県からの観光客)など皆無に近かったようなので、ヘンなことを尋ねる客だなという顔をされましたが(^^;;
そうそう、夕食が“これでもか!”というほど大量&新鮮な海の幸づくしで、すごかったなぁ…。
そんな思い出に浸っていると、何やら周囲が明るくなり、キレイで真新しい駅に到着。あ、これが噂の
ウェスパ椿山ですか。施設は駅の真ん前で、まさしく駅・直結。いや、施設の真ん前に駅を作ったと言うべきか。
秋田県に入ると、またも新駅、あきた白神が出現する。こちらにも駅至近の温泉施設:
ハタハタ館が。
いやはや、五能線も変わったものだ。。。
深浦から乗り込んだ数えるほどの乗客は、陸奥岩崎までに全員が下車。その後は自分だけを運ぶ空気列車になってしまい、堂々のキハ40系4両(後ろ2両は鰺ヶ沢止まりで、その後は回送扱い)が申し訳なく思えてしまう。
この深浦からの最終列車は、車両を東能代まで回送するついでに客扱いもする、そんな運用なのでしょう。それでも、秋田県内の五能線各駅から東能代で秋田方面の終列車『日本海4号』に接続し、秋田からはまた各方面への最終列車に接続するという、秋田県内補完ダイヤの一環を担っているわけです。
東能代からは、寝台特急『日本海4号』に。
寝台特急の座席利用は初めてなので、ちょっとワクワク。でも、上段寝台がセットされたままなので頭上空間が狭く、全体に暗い感じがするのは今ひとつ。下段寝台を使った座席は広々としているものの、座り心地が悪く、30分もすればお尻が痛くなってくる。やはり、寝台車は寝るためのものですね(苦笑)。
寝台の利用率はわかりませんが、秋田までの座席指定車の利用率は上々かと。いや、むしろ予想外の乗車率と言うべき? 秋田で下車する乗客の多さからも、寝台特急の『日本海』と『あけぼの』が日中しか運行されない特急『かもしか』の補完列車と化している奥羽本線の実情が見えてきます。
秋田着。大雪で街が真っ白なんですが…。